一人旅レポート

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zoom RSS カナダ一人旅ー3

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2002年9月21日(土)

5:30起床→6:47Parkhill-Hotel→7:10空港8:30→(時差1時間)→11:00Edmonnton→12:30Downtown
13:30→17:58Jasper

いよいよ今日から10日間の旅が始まる。一体どんな旅になるのか、無事終えることが出来るのか、まるで分からない。とにかく賽は投げられた・・・。
朝、時刻どおりにPark-hill-Hotelの前で空港行きのシャトルバスを待つ。日本を発つときにも緊張したように、飛行機の乗り方にまだ慣れていない所為か、不安が先走る。空港での手続きは自動機でするようになっていたがcardを入れたら、とたんにerrorの音が出た。すかさず係員が来て、別のcardを出せと言うのでJCB-cardを見せた。あとは係員が手際よく入力してくれてOK。??? ticketの購入をJCB-cardでしたからか・・・。
ともかく無事に搭乗できたらあとは勝手に今日の目的地Edmontonに着く。隣の席のカナダ人が時々上空から見下ろしたCanadaについて説明してくれた。抜けるような青空だったり、雲に覆われて何も見えなかったり、様々な下界が展開されて楽しい。「これがCanadaなんだ!」とわくわくする。
Canadian-Rockyの上空を通過する間は目に焼き付けておこうと息を凝らして見ていた。厚い雲の中から真っ白な雪山がいくつか顔を出して威厳を示している。南北に蛇行する川がJasperからBanffへと走る渓谷か。
日本でいやと言うほど調べてきたCanadian-Rockyが今、眼下に広がっているのだ。
やがて空港に到着。今日はEdmontonの町を散策して、downtown のYHで宿泊する予定だったが、機上からCanadian-Rockyを見るうちに今日のうちにJasperへ行っておきたくなり、予定変更を決める。
先ずinformationで空港から直接Jasperへ行くバス便を調べたが、一度Downtownへ出てから改めてJasper行きに乗らないとダメと言われた。仕方なくdowntownまでのシャトルバスのticket$13を買い、今日宿泊予定のYHへCancelの電話を入れた。Cancel-fareが要るかと訊ねたらNoという返事だった。続いてJasperのYHに今晩の申込みをしたが、「full」と言う単語が聞き取れた。満員なんだ・・・と一瞬予想外だったが、「ならB&Bがあるさ」 と思った。現地手配で一度や二度はB&Bに泊まりたいと思っていたので丁度いいとも思った。
この間空港内を行ったり来たり、初めての私に「air-staff」のバッチを付けた若い男女が親切に案内してくれた。「この調子なら大丈夫やって行けそう」とこれから先の旅行に対し少し安堵感。
Down-town行きのシャトルバスに乗り込み、素通りになってしまうEdmontonの町を少しでもたくさん見ておこうと熱心に窓外に眼をやっていたら、隣の老人が話しかけてきた。お決まりの何処から?何処の国?年齢は?などと話すうちに「hotelでlunchをご馳走しよう」と言ってくれた。一瞬luckyと思ったが、直ぐに「hotelは気になるし、万が一彼の分も払わされたら大変だ」と思い、時間がないし、軽くhamburgerがいいと返事した。First-foodなら二人分払わされても知れている。
Downtownに着いたらさすがにjasper行きbus-ticketの購入・hamburgerの店への案内とescortしてくれ、おまけに時差の関係でバスの時刻を1時間間違えているのも教えられ、大助かり。
私が腹ペコでhamburgerをかぶりついていると、彼は今日の宿を紹介すると言ってくれ、席を立って電話をしに行った。その間、カード・現金などが入った財布を開いたままtableの上に置きっぱなし。??? 既に何件か盗難に会った人を見ているのに、自国の人がこんなに不用心とは・・・。私は気が気でなく、そっと財布を彼の置いていった書類の下に隠した。万が一彼の居ない間に盗まれたら私の責任にされるかと怖かった。
そんな私の心配をよそに、戻ってきた彼は私にAddressとTel-b書いたメモをくれた。Jasperへ行ったらここへ電話したら泊まれるよう手配してあるからと言う。私がお礼を言うと、すかさず彼は$58といって手を出した。今、あなたに払うのか?と聞いたら、そうだと頷いた。私はとっさに危ないと思った。「実際に部屋を見て気に入ったらその時払う。それで良いか?」と聞き直したら、彼は躊躇無くOKと言った。(教訓1.お金は現物と引換えに払うべき。)
私は有難くメモだけ頂き、彼にhamburgerをおごってもらい、残ったcoffeeは彼が紙コップに入れ替えてくれ、busの出発まで見送ってくれた。
一体彼は本当に親切な人だったのか? バスが動き出してからも私は一連の出来事を反復していた。
広々とした草原、のどかな田舎道、バスは気の遠くなるような距離を着実に走っていた。時々main-stationでトイレ休憩があり、ついでにcoffeeを買ったり、スナック菓子を買ってバスの中で食べる人もいる。とにかく延々5時間の旅なのだ。
やがて陽が斜めになりだしたらいよいよ今晩の宿泊のことが気になりだした。
陽は何時頃沈むのか?明るいうちに着くのか?informationが6時で閉まったらB&Bの紹介を受けられなくなる・・・、どうしよう。不安がつのり、お昼のメモを取り出してもう一度良く見る。宛てにして良いのか・・・。
おかしい!私の持っているJasper-YHの電話と州の番号が違う。このaddressはどの辺りだろう。Downtownに近いのか?色んな疑問が出てきて、近くの席の人にメモを見せて聞いた。結局分かったのは、Tel-No addressからEdmontonのmotelだというのだ。何ということ、やっぱり私は騙されかけてたのか?
早くJasperに着いて欲しかった。お手洗いにも行きたくなっていた。
やっと到着して、informationに飛び込んだ。ほとんど6時だった。まだ大勢の人が順番を待っていた。私は間に合ったと安心し、先にトイレを済ましに近くのホテルに入った。戻ってくると何と、「closed」の札が揺れていた。扉は閉まっている。私は唖然とし、扉の前に突っ立ってしまった。
突然、扉の横に座っていた若い男性が話しかけてきた。B&Bを探しているというと、私にメモを差し出し、電話をしろという。私は藁をも掴む思いでお礼をいい、さっきのホテルの公衆電話から掛けてみた。
相手はいきなり日本人か?と訊ね、いくらなら出せるか?と聞いてきた。私は一瞬いやな感じがしたが、今はそれどころではないと、かねてからB&Bなら$50位と思っていたのでそう言うと、OKという返事。ここから10分の場所でAspen Ave.だと言う。Informationで地図は取っていたので確認しながら荷物を引きずって、思った以上に時間がかかって探し宛てたが、誰も居ない。たまたま、お隣さんが出てきたので訊ねたが要領を得ない返事。うまく聞き取れないのだ。
仕方なく思い切って入っていくと、入口に張り紙がしてある。「Please come into the house.」そして「勝手に2階に上がり、どの部屋を選んでもいい。階下のキッチンや風呂は自由にお使い下さい」と言う意味のことが書いてある。閑静な住宅街、まだ築後浅いきれいな家、ひと並びの一番奥に位置し向う隣は公園、夕暮の涼風、いかにも上品でCanadaらしさが漂っているが、無人の家・・・。2階の一室に入り、疲れと共にベッドにどっかり腰掛けてしばらくじっと耳を澄ませてみる。5分経過。暗い部屋に気づき電気をつける。ドアの鍵は?と探すと外側にある。が、内側には鍵穴が無い!??? 10分経過。静寂のみ。・・・こわぁーい!
私はしゃにむに荷物を持ち、家を飛び出した。さっきのお隣さんに飛び込み、事情を話し、どこか泊まれるところが無いか尋ねた。幸い知り合いに電話してくれ、近くで泊めてくれるところを紹介してくれた。先方は$60でと言っていると言われ、私はとっさに$50しか持ってないと値切った。この非常事態に良くぞ値切るかな、と我ながらあきれてしまう。(教訓2.何でも一度は値切ってみること。)
結局$50で話が付き、ほんの5分ほど離れた家に案内された。今度は地下にある部屋で、やはり豪華なw-bed・きれいなbathroomと洗面所・広いkitchenにはテレビとソファもある。朝食は出ないが、備え付けのcoffee/teaはご自由にという。要するにこの家の地下を一人で占領できるのだ。階上にはこの家の人が生活しているのでとにかく安心。やっとひと心地付き、私は紅茶を入れ、持っていたクッキーを夕飯代わりにし、シャワーを浴びて倒れるように眠り込んだ。

2002年9月22日(日)

8:00起床→9:10information→銀行ATM出金→museum→B&B10:30→Patricia-Lake hiking→迷う→hitch-hike→14:10伝次郎にて昼食14:30→Park-Lodge Beauvert-Lake→18:00downtown買物→19:00B&B

朝気持ちよく目覚めて、昨夜と同じクッキーとcoffeeで朝食後、もう1泊お願いするかも知れないと言い置いて、部屋を出た。昨夜はどんなところを紹介されるか分からず、とりあえず1泊だけを頼んでいたが、これならもう1泊してもいいと思ったし、また別のところへ移るのも億劫だった。代金は先払いで、昨夜の$50でもう現金はなかったので、先ずinの近くにあったATMで$200を引き出した。他の2人の外人に注意しながら、現金を財布に入れた。郵便局visa-cardは普通に預金引出しが出来てとても便利だ。念のためYHに宿泊を確認したら今日もfullだと言われた。これで宿泊の件は決まり。
inへ寄り、明日のJasper〜Lake-Louiseのbus-tourの申込みをしたら、museumへ行けと言われた。ここでもYH割引で安くticketを買えた。Lucky!あとは小さなstoreに寄りsandwichを買い、10時までに今日の宿泊を決める約束だったので、大急ぎB&Bへ戻った。
昨夜から碌なものを食べてないので、もう一度kitchenでsandwichを食べ、再び今日の予定のPyramid-LakeとPatricia-Lakeへのhikingに出かけた。
昨日からウロウロしていたので辺りの道を覚えてしまい、直ぐにhiking道は見つかった。cyclingのgroupが格好良く走り抜けていく。「いいなぁ私も自転車にすれば良かった・・・。」と思いつつ、どんどん歩く。数10m
毎に「熊に注意!」と立て札がある。Inでさんざん注意されていたので、ほんとにそこらに居そうな感じ。やがて車数台を置けるpointに到着。丁度familyが車から出て歩き出すところだった。小さな男の子と女の子・それに若い両親だ。父親が詳しい地図を見ている。私はinでもらった簡単な観光地図のみ。お決まりの観光より少し自然を楽しみたいので最初からhiking道を行くつもりだが、聞くとしばらくは彼らと同じ道を行くことになる。他には誰も居ないので心強い。しかし彼らは子供連れでspeedが遅い。つい早く行き過ぎて、姿が見えなくなる。小さな分岐に出ると、ここが分かれ道かと迷う。標識がない。仕方なく彼らを待つ。もっと先だと言う。また先に行く。こんな風に繰り返してやっと標識のあるはっきりとした分岐に出た。私はお礼に折鶴と5円玉を一つずつ子供たちに渡し、記念に一緒に写真を撮ってもらった。Familyは大喜びで、これから先のcourseについても詳しく教えてくれて、それぞれに別れた。
この分岐まででも思った以上、ほゞ1時間かかり、しかも想像以上に深い森だと、少々不安があった。が、ここまで来たら引き返すわけにいかない。とにかくcourse-NoEを忠実に辿ればよいのだと言い聞かせた。Eとは道の要所に簡単な標識があり、courseを番号で示してある。そして道沿いの所々の木の幹に番号がつけられて、同じ番号の方へ行けという印なのだ。しっかりとした地図もなく、観光地と侮りすぎたのは否めないがまあ何とかなるだろうと思った。案の定彼らと別れてすぐに逆方向から来る1人に出会った。挨拶がてら、もう一度道を確認する。間違いない。案ずるより生むが安しだ、と強気になる。しかし後にも先にも人に出会ったのはこの時だけだった。
まもなく目的のPatricia-Lakeが見えた。やったぁ!森の奥に突然現れた湖・・・。嬉しくて、出来るだけ神秘な雰囲気が出るような写真を撮りたいと意気込んだ。
しばらくは湖岸沿いに歩く。直ぐに前方に白い建物。近くで車が走るのが見える。緊張の連続だった私はひとまずホッとした。道端に生々しい糞があり、熊に出くわすのではないかとヒヤヒヤし通しだったのだ。
しかしcourseEは直前で右に折れている。私はとにかくfamilyと出会ったあの駐車pointに戻るべく、Eを忠実に行く。でも変だ?どうもcourseは更に森の奥深く入っていく。車の音は遠ざかり森閑とした木の揺れる音のみ。もう少し行くと突然あの開けた場所へ出るのだろうと期待して30分ほど突き進んだが、やはり・・・おかしい・・・?歩きながら地形を見ていたがどう見ても車道に出る方向ではない。
戻ろう、あの分岐まで引き返そう!急に不安と疲れが一緒になって、鼓動が速くなるのを感じた。足は大丈夫かと自問した。これくらい平気、だと思った。進む時以上に戻る時は要注意。来た道を忠実に戻らないと、間違えばその時こそほんとに迷い込むことになる。慎重に歩いた。熊のことが頭から放れなかった。人間が居るぞということを知らせながら歩くのが良いと聞いていたので、私は大声で歌を歌いながら歩いた。決して食べながら歩かない。食べ物の匂いに動物は寄って来るのだ。
30分が1時間も2時間にも思えた。最後のところでどう間違えたのか初めの分岐に出ずにひょっこり車道に出たときは驚いた。あのfamilyとの駐車場pointはどの辺なのかまるで分からないが、先ずはひと安心。
1台の車を止めてdowntownの方角を聞くと思っていたのと反対だった。2台目の車を止めると、女性2人が乗っていたので、事情を話しdowntownまで送って欲しいといったら、快く承知してくれた。道端の糞で汚れた靴が気になったが、「かまわない」と言ってくれた。私はまた折鶴と5円玉を二人に差し上げて、意味を説明したら大喜びしてくれ、握手をして別れた。
とんでもないhappeningの所為で結局Pyramid-Lakeには行けなかったが、私は十分満足だった。それよりもお腹がペコペコ。先に目を付けていた日本食の店(伝次郎)に行き、カレーを注文した。Saladが付き$7也。
久しぶりのカレーは美味しかった。時刻は午後2時半、中途半端な時間になったが、Jasper-Park-Lodgeなら近くて丁度良いので、ぶらぶら歩くことにする。午前の湖とは鉄道をはさんで反対側へ、踏切を越える。折りしも端から端が見えないほど長い貨物列車が通過中。余りの長さに貨物列車をbackに写真を1枚、側の人に依頼する。辺りを見回すと、Canadian-Rockyの山々が間近に聳えている。氷河時代から息づいている山々だと思うだけで畏敬の念が湧いてくる。
Park-Lodgeへの道は広い自動車道を横切り、地図の番号どおりに行けば自然に公園の中に入っていく。何組かのgroupが前後しているので安心。しかし改めて外人の足の速さに驚く。コンパスの差だけでは無さそう。
途中でハッとするほど鮮やかな水の色を湛えた川を横切った。少し傾きかけた陽光に輝いて、エメラルドグリーンの光の帯が静かに流れ、その先に秘密の湖が隠れていた。眼も眩むほど明るい!
これがCanadaなんだ・・・、これがJasperなんだ!
やがて、Beauvert-Lakeの入口手前でなにやら騒々しいと覘いてみたら、10m先にでっかいエルクが数匹。
エルクとは鹿の大きい種で、興奮すると角で一刺し、非常に危険だそうだ。しばらく見取れていたが、写真を撮り先へ進む。湖は真ん中がくびれて2個あるように見える。とにかく周囲を一周しようと歩き出したが、意外に距離があり1時間半以上かかった。朝から歩き詰めの足はもう限界。湖岸沿いにlog-houseやcottageなどleisure施設が並び、boat乗り場などもあった。かなり大きな水鳥がたくさん泳いでいた。
帰りにsuperで野菜saladを一袋買い、マクドナルドでhunger-barを買って宿へ戻った。

2002年9月23日(月)

6:30起床→7:30B&B→8:00busデポ→Canadian-Rocky観光tour→5:15Lake-LouiseYH→就寝

一昨夜は夜中に何度も目を覚ましたが、昨夜はぐっすり、目覚ましで起こされた。階上のownerに挨拶し、ついでに昨日のhunger-barの残りをmicrowave(電子)-(−)oven(レンジ)で温めてもらおうとお願いしたら、ovenは自由に使えと言われた。土足のままでじゅうたんの上を歩きovenを使ったが、家の人がスリッパで歩いているところを土足で歩くのは違和感があった。しかしこれはごく当たり前のことなのだが・・・。
別れ際に「You were a good lady.」と言ってくれた時は何故かほっとした。
Busデポに行くと、日本人の若い女性2人連れと母娘連れの2組がいた。私は独りだと告げ、道中仲良くしてくれるように頼んだ。今までいつも一人旅だったのでmy-paceで行けたけど、今日は団体行動だから、皆と統一行動をしなければならない。しかし指示の内容を理解できなかったら迷惑を掛けたり、置いてきぼりになることもあり得る。それを思うと一人旅より余程緊張する。女性2人連れが気持ちよく「ご一緒しましょう」と言ってくれたので助かった。
バスが出発してすぐ、鉄道を越えて広い道の側で森の中から熊の子供がでてきた。真っ黒な毛の子供熊だ!皆口々に「Bear! Bear!」と大騒ぎ。一瞬のことで写真に撮り損ねたが、(やっぱり居るんだ・・・)と改めて昨日の山の中を思い出していた。
Canadaではbusの運転士がguideも兼ねている。microphoneを使い、ゆっくりとかなりclearな英語なのだが、悲しいかな私にはほとんどわからない。やたら「glacier」という言葉が出てくるのだが、辞書で調べればいいのに面倒くさく、分からないまま、聞き流していた。後で「氷河」だと分かったが、氷河について何を説明していたのかが又分からない。
後で2人連れの彼女達によると、どうやら氷河がずれ落ちていく時に削れた氷の粉が湖に舞い落ち、それが湖の色を目も覚めるようなemerald(エメラルド)-(−)green(グリーン)に仕立て上げたのだということである。
やがて何やら込み入った案内を始めた。どうやらこの先で降りてsnow-coachに乗り換えるらしいことは分かった。大事なのはbusに戻る時間だと耳を済ませたら、11時だの、12時半だのと色々聞こえる。Busの待機場所も変わるような・・・?そして皆が降り始めた。(ま、いいや、降りしなにもう一度きちんと聞こう)と外に出かけたら、運転士が「Did you understand?」と聞いてきた。「No I can’t.」と答えたら(返事の仕方さえ間違っていた)、またややこしく説明しだした。が、やはり聞き取れない。運転士は側に居た日本女性2人連れに一緒に連れて行ってと頼んでくれた。頼まれるまでもなく彼女達は私の側にぴったりと付いてくれていたので、私は笑顔で「Thank you!」と言ってバスから降りた。
Snow-coachは私が想像していたのと違い、バスよりも大きいバスだった。そのタイヤのばかデカイこと…、これならice-fieldもへっチャラ! 私はもっと小型で、4〜5人乗りくらいのsnow-mobile風のスピードを出して走り回るものかと思っていた。でも実際はのろのろと動き、ice-fieldの中に入っていき、中央まで行くと降ろされ、自分の足で周辺の氷の上を歩き回るのだ。氷河時代からの氷原のど真ん中だから寒い。私は準備よろしくコートの上に防寒雨具を着込んでいたので平気。靴も登山用だから滑りにくい。なので、好きなように歩き回り写真を撮っていたが、皆はちょっと歩いて直ぐにsnow-coachにもどってしまった。
思ったよりつまらない感じで、またのろのろと元へ戻り、後はレストランで昼食を済ませて、バスにもどる。若い彼女達にくっ付いていれば、restaurantでもsmartにことが運ぶ。つくづく彼女達の場慣れした態度と堪能な会話力が羨ましい。
ほとんどのview-pointは目も覚めるようなemerald-greenの湖で、下車・散策し、また乗り込んで次のpointへと繰り返した。スタスタとcourseを歩き、数枚の写真を撮り、トイレに行く時間を取ればそれで時間いっぱい。tourとはそんな感じで、個人で歩き回るのとは面白さが全く違う。
そのうちを若い彼女達と放れ、独りで歩いていると、Australiaの女性が声を掛けてきた。バスの座席が私の斜め前の人だ。彼女はcameraを持ってないので私ので撮し、帰ったら送ることを約束した。そしてまたまた折鶴と5円玉をあげた。彼女は喜んで、きっと5円玉でnecklaceを作るからと何度も言っていた。
とうとうlake-Louiseに到着。そろそろ夕刻で、Chateau(シャトー) Hotelがおとぎ話のお城のように湖の前にたたずむ姿は、まるで夢の世界。そして、Lake Louiseの水の色…、明るく・深く・神秘的!
最後の散策を終え、バスは各Hotelに寄り、私もYHの前で下車後、車は更にBanffへと走り去った。
案内書によると、このYHはとてもきれいで、レストランの食事が美味しいとあったが、宿泊客が多く、スタッフが大忙しで、英語が不十分の私には少しつらいものがあった。大事な電話が不通で、Mont(モン)-(−)Tremblant(トランプラン) YHの宿泊予約を取るべく私は懸命にスタッフに頼んだが、「No!」の返事しかない。英語の分からない私を冷たくあしらっていると見えた態度が、実は電話不通のサインだったのだが…。
勿論不愉快なことばかりではなかった。restaurantでsandwichを買い食堂へ行くと、日本人母娘2人連れと出会い、友達になった。その時、某Italianが大声でbutter-riceが残ったので誰か食べないかと言い出した。見ると美味しそうだったが誰も黙ったまま。私は二人に「もらおうか?」と誘い、「I’d like to eat.」と申し出て、ご相伴に与かった。思ったほどに美味しくはなかったが、私は持っていたvegetable(野菜)-(−)salad(サラダ)を出し、おにぎりと味噌汁だけで夕飯にしている二人と、おしゃべりしながらbutter-riceを平らげた。
Busの中にも母娘二人連れがいたが、どちらも母親の方が私と同年輩で、「娘が居なければとても来られなかった」と、私の行動力に驚いていた。「やれば出来るものですよ!」と、内心ヒヤヒヤものながら私は強がって見せたが、(やっぱり連れがあるほうがいいな…)と少し羨ましかった。

2002年9月24日(火)
YH10:00→10:30in11:00→12:30Chateau Hotel13:00→14:30アグネス湖→15:30Hotel→16:30YH17:00→busデポ17:30→18:30Banff YH

朝一番昨日できなかったMont(モン)-(−)Tremblant(トランプラン)のYH予約をしょうとTelしたがcardがまたうまく使えない。
私は仕方なくOn-Lineで予約をとPCを借りたが、coin$2で20分の時間はあっという間に時間切れ。Stuffに手伝って欲しいと頼んだが、やはり説明不十分で行ってしまった。やり直して又時間切れ。結局予約は取れないまま、10時のcheck-outの時間になった。慌てて荷物を部屋から出したので、洗面所に化粧道具を置き忘れたのを後で気が付いた。つくづく1泊のみの移動は落ち着けないと痛感する。とりあえず荷物を預かり室に置き、今日1日の行動を開始。
先ずinへ行く。何処へ行っても頼る所はinしかないのだ。直ぐに順番がきた。私は先ず、Mont-Tremblant YHへの電話の仕方を聞いた。昨日からどうしても通じないと言ったら、私のtelephone cardでstuffが先方に繫いでから交代してくれた。話は簡単、これで9/27の宿泊はOK。さすがin、やっぱり頼りになる。
次に今日夕方のBanff行きのbus ticketを買い、やっと今日の予定アグネス湖へのmapをもらった。
既に時間は11時。昨日見たChateau(シャトー) Lake(レーク) Louise(ルイース)へ今度はhikingで行く。横からcyclingの数人が走り抜けて行くのを見て、自転車を借りれば良かったと後悔する。
歩き出して直ぐ、ニッキーという女の子に会った。見るからにboyishな感じで、てっきり男の子と思っていたら、Chateau Hotelに勤めていて、今出勤途中だと言った。Inでcourseを確認したが、少し不安だっただけに、地元の人なら安心と同行を頼んだらあっさりOKしてくれた。まだ少女のようなあどけなさで、head phoneをつけて何やら音楽でも聴きながら歩いていたが、私が遠慮なく話しかける度にhead phoneをはずしていた。私が60歳だと言うととても驚いて、感心していた。そのうち、又熊の話になり、姿勢を低くするなどの熊対策をしきりに教えてくれた。広いbus道を行けば安全で分かり易いのだが、hiking courseは道から外れて森の中を歩くようになっていて、丁度今にも熊の出そうなところを歩いていたので、彼女の存在は頼もしかった。
あっという間に1時間を歩き、しかしそんな彼女も道を間違えて、うっかりMoraine Lakeの方へ行きかけていた。私が色々話しかけるのでいつもの調子を狂わせたのかな?しきりに謝る彼女に笑って「Don’t worry!」と答えて、自分も地図で確かめる。歩いた時間からしても、もうほとんどHotelの近くまで来ているはずなので、広い車道を行くことにして直ぐに昨日見覚えのある場所に着いた。ここで気のいい彼女と記念の写真を撮り、別れた。
私はhotelの軽食店でパン(ケーキのように甘い)とcoffeeを買い、他の旅行客に倣(なら)って、廊下の窓ガラス前に腰掛けて食べた。人気のある有名なhotelだけに人で溢れていた。運悪く、食べ終わろうと言う時にそれまでのお天気が信じられないほどのものすごい雨になり、これから本番のアグネス湖行きが危ぶまれた。が、幸い20分くらい待つと今度は又信じられないほどの上天気に変わり、湖の上に虹まで見えた。
時刻は午後1時。夕方までに荷物を取りにYHに戻り、Banff行きのbusに乗らなければならない。ここまで予想以上に時間がかかっただけに大丈夫かな?という気もしたが、行ける所までで帰ってこようと割り切る。
Hotelの左側から回り込み裏手から山へと道が付いている。しっかりした道で標識もはっきりしている。これは迷いそうにない道と思えたが、やはり人は少ない。と言うよりはほとんど見かけない。数groupが下りて来るのに出会う。いずれもtour guide付き。が、これから登る人はいない。当然「熊に注意!」の立て札が目立つ。いつもいつも何故こんな風に孤独なhikingになるのだろう。もっと大勢の人がhikingを楽しんでいそうなのに…。自分流に考えると不可解なのだが、現実は皆、楽な観光を好むのだ。
自問自答しながら歩くこと数10分。道がつづら折りになった曲がり角、木々が空けて見下ろした先に飛び込んだ光景に、私は目を疑った。「これは…!」神秘とも可憐とも幽玄とも・・・、絶句の美しさのchateau Lakeが静かにemerald greenを流し込んでいた。
来た甲斐があった。楽しくなった。道をどんどん登り、miller湖に着いた。ここが一つ目の目的地。山の中の
湖は周囲の木々を水面に写して、鏡のごとく静まりかえっていた。
小休止の後、更に登る。まだ時間の方は何とか行けそうだが、やはり急ぎ足になる。それほど長いcourseではないはず。だんだん高度を感じて頂上が近づく予感。岩が多くなり足場が悪くなる。階段が現れ、登りきった所に、見えた、アグネス湖。頂上に位置する湖・・・。
Log-houseの営業小屋があり、couple, groupなど数人が談笑している。ここまで来たらやたら寒いと思っていたら、小屋ではちゃんとストーブが燃えていた。
軒下にリュックを置き、写真を撮ってもらおうと側の人に頼んで岩を踏んでポーズを取っていると、何やら白いものが舞い出した。静かに、見る間に空間を覆いつくして、一瞬のうちにあたり一面雪降る山、雪降る湖と化してしまった。私はあまりのtimingの良さにmagicを見ているような夢心地…。
ほんの10分足らずの雪で、元来た道は白い道となり、別の道を歩いているような錯覚を感じた。再びmiller湖に着き、雪のあとに差し込むまぶしい陽光を照り返す水面を眺めていた。やがて1組のcoupleが来たのでこれ幸いとまた写真を頼んだ。
激しく変わるCanadian Rockyの天候に翻弄されて、私は興奮気味に山を下った。やり遂げたあとの下山は気が軽い。往きのあのすばらしいview pointでは丁度2人の男の子がいて、私はhighな気分で話しかけ、お互いに写真を撮り合った。
Chateau Hotelに到着15:30。これから再び歩いてYHまで戻らなければならない。安全に車道を歩こうと決めたのに、途中hiking courseの標識に釘付け。迷ったら時間がないのを解っていながら、もう一度Lake Louiseの森を歩きたくなり、結局森の中へ。朝の記憶を辿りながら順調に進み、最後は森から抜けて車道へ。YHでは、忘れ物の化粧道具を探してもらったが、すでに不明。忘れ物・落し物が出てくることは先ずあり得ないのだ。荷物預り室で整理して、今度こそ本当にLake Louise YHとさよなら。あわただしい滞在だった。
Busデポで少し待ち、17:30発blue(ブリュー) star(スタ−) bus(バス)に乗り、Banff YHに到着。ここでもbusは各hotelの前に止まり、YHはBanffの町の一番奥に位置しているので最後に降ろされた。
Banff YHはなかなか立派で、夕食はYH restaurantでchicken-noodle-soupとパンを食べた。

2002年9月25日(水)

8:30起床→YH9:30→Bow Bridge→Cave & Basin→Bow fall→Sprig Hotel→(ゴンドラ)The Sulphur Mt.(ゴンドラ)→市内→Lake Minnewanka→市内supermarket→7:00YH

今日はかねてからやりたくて仕方のなかった、自転車で一日中走り回る、を初めて実行できた。
天気も良く、思い通りの行動が出来て、満足感いっぱいである。
朝一番自転車を借り、早速にbanffの町に飛び出した。YHが山手に位置するので、朝の空気のさわやかなこと。多少のup downも快適気分。すぐにsprig hotelのすばらしいview-point発見。朝の空気に浮かび上がるその建物は、渓谷bow-riverを挟んでほんとに美しい。すべてのStreetに名前があるから要所要所で確認しながら自転車でスイスイ走る。身も心もhighになってbanffの町はすばらしい。
Guide-bookを見ながら次はcave & basinを目指す。途中横道へ入ってみた。自転車だと道草も又楽しい。ところがここはエルクのharem(ハーレム)だった。細いあぜ道が何処へ続くのかと走っていくと数頭のエルクに気が付いた。見回すと畑の中にうようよ居る。中に1頭だけオスがいて、こちらを睨み付けていた。驚いたのなんのって・・・、でもしっかりと写真に収めて、そのまま突き進んだ。犬と鉄砲を持った2人連れが歩いていて、道が凸凹してきたので仕方なく自転車を降りて歩き出したら、前方に湖が現われた。多分地元の人以外、この場所を知る観光客は居ないだろう。これぞほんとのCanadaの飾らない自然ではないだろうか?
思わぬ収穫を得て嬉しさいっぱいで、私は元の通りに戻り目的地に向かった。道標どおりに走っていくと、きれいに整備された公園の入口に着いた。「The Cave & Basin Centennial Center」は、湧き出る温泉の硫黄の匂いが充満していた。川からも湯気を伴って温泉が流れ、木々の間に木道が張り巡らされている。山全体を徹底した自然保護の下、一瞬原始を思わせる原生林がふつふつと湧き出る温泉の中に息づいている。生息する動植物の案内もあり、時折名も知らぬ鳥の羽ばたきを目にした。
やはりCanadaの自然は偉大だ。日本とは違う歴史の1ページに感動し、私は興奮した。
市内へ戻ると丁度お昼時だったので、mac-do-nard(マクドナルド)でhamburgerとorange-juiceを注文し、 次は例のspring-hotelへとbow川に沿って走る。先にbow滝を見た。この辺り小さな公園になっていて、のんびりと散策する人がちらほら。滝はさして大きくなく、期待したほどではない。
2時からhotel内見学tourが$20のlunch付きであるというので覘いてみた。何人かが椅子に座り2時を待っている風だ。私はトイレを借り、ついでに廊下ずたいに建物内を見学した。英国調の調度品・絵画・彫刻・敷物など厳かな雰囲気が立ち込めて、しかし空気は重たかった。
念のため食事なしの見学のみは出来るかと尋ねたら、当然ながらダメと言われた。ついでに、次の目的地のSulphur(サルファー)山への行き方を聞いたら、このホテルから直で行けると言う。約30分程度。思ったより近そう。
Hotelを出て、自転車で走り出したら、聞いた直の道をコロッと忘れて、地図どおりの道を走っていた。
道はずうっと上り坂。自転車を道端に置いて、車道より山道の方が近道と又歩き出す。車道を遠く離れたかと思うと突然直ぐ側に車が走ったり、思ったより遠いので心配になり、途中で車を止めて道を確かめた。
程なくUpper Hot Springという温泉に着き、その前で昨夜の母娘2人連れと再会。彼女達はYWCAに泊まっているそうだ。今日は温泉に入りに来たという。そこからゴンドラ駅までは直ぐなので、立ち話もそこそこに私はゴンドラ乗り場に急いだ。
集まる所には人がいるものだ。ゴンドラ乗り場は人に溢れて長い列が出来ていた。標高2285mの場所で降りると、さらに上に道がつき、人の列が付いている。岩肌が聳え、通路の両脇には柵が施してある。360度の展望は雄大でCanadian Rockyの山々が幾重にも折り重なる。見下ろせばCanadaの自然。明るく何処までも広がる氷の山々。やっぱり日本と違うなあ!・・・実感と共にため息・・・。
帰りは持っていたリンゴをかじりながら、やっぱり自転車を引いて来たら良かった・・。下り道だからあっという間に市内に戻れるのに・・、と自転車を置いた場所に戻るのにまた30分。Down-townに入り、superで歯ブラシ・化粧水・クリームを買い、そのまま今日中に行っておくべしとLake Minnewankaへと走った。Banffのmain-streetをどんどん走ったが、行けども行けども近づかない。改めてCanadaの大きさを思い知らされる羽目となった。小1時間走って日が傾きかけたのであきらめて引き返し、もう一度Superに寄り食料を仕入れてYHに戻った。
久しぶりに満足感で晴れ晴れとした気分になれた一日だった。

2002年9月26日(木)

8:30起床→YH9:00→in→11:30YH12:00→lake Minnewanka途中→YH→Vermillion Lake→(Steve Althoffとdrive)→Lake Minnewanka→YH→Hoodoos→YH

昨日と打って変わって付いてない日・・・、そんな感じの午前中だった。しょげ返っていた私に神はとんでもないどんでん返しを用意していた。
昨夜、明日のCalgary空港へのshuttle-busの手配をYHの受付に頼んだら、busデポまでtaxiで行くようにと言われた。Taxi代$10も払うのはもったいないし、歩けないものかと、朝一番試しにbusデポまで歩いてみた。約30分かかった。朝5時頃の30分は大きいなと思いながら、ついでにair-Canadaのrecomfirmをしようと色々書類を出した時にcredit-cardを置き去りにし、黒人の美人係員が直ぐに気が付いて知らせてくれた。危ない、危ない。その足でinへ寄った。Inには無料の電話が使え、今日はKananskis(カナナスキス)へ行きたかったので、あれこれとtourの申し込みをしてみたが、既に出発済みのtourばかりだった。
自転車で行くには遠すぎるし、交通費だけで$60〜$70かかると言われ、今からでは行って帰るだけになりそうで、止めた。計画の甘さが悔やまれた。時間は過ぎていくばかりで、はや11時近い。何もしないまま午前中を終えるのにいらいらしていた。
YHに戻り、昼食を取り、また自転車を借りた。昨日行きかけたLake Minnewankaに行くことしか頭になかった。男性用の自転車しか残ってなく、少し大きすぎる感はあったがとりあえず走り出した。
昨日と違ってずっと早い時間の出発だから、時間は十分あるはずだった。快適に走っていた。途中、橋の継ぎ目で怖い箇所があったが、思い切って渡りきった。順調に湖に向かっていた。しかし、やはり距離はあった。
Minnewankaの表示が出てから、いくつも違う湖を通り越していく。いい加減疲れて、あるview-pointに数台の車が止まっているので、同じように自転車を木の幹に持たれ掛けさせて、休憩がてら景色を眺めていた。
どっちみちMinnewannka湖もこれと似たり寄ったりだろうなと思いつつ、自転車に戻り、走り出すと何かおかしい。「ブレーキが利かない!」??? 5・60mしか行かなかったので、助かった。直ぐに側の男性外人に頼んで視てもらった。完全に不能。どうしてなんだろう??? 今の今まで何とも無かったのに・・・。
外人は側の大きな車の女性2人連れに、私を自転車ごとYHまで送ってやってくれと頼んでくれた。彼女達は二つ返事でOKしてくれて、急遽YHに引き返した。ずいぶん距離を走ったと思ったが、車だとあっという間だった。お礼にはまた折鶴と5円玉。何とも心強いお守りである。
YHの前に座り込んでいた少年3人に車から自転車を出すのを手伝ってもらい、受付で新しい自転車に交換してもらった。ホント今日は付いてない!私はいらいらしていた。既に3時近かった。
再度Minnewankaへ行こうとは思わなかった。むしろVermillion湖なら今からでも行けそうな距離だった。
私は方向を変えて走り出した。朝行ったbusデポを通り過ぎた頃、雨が降り出した。ポツリ、ポツリ、空は暗くなり確実に雨模様。付いてない、今日は!目の前に湖の端っこが見えているというのに・・・。
立ち止まり、上着を重ねて空を見た。少し止む気配?せっかくだから行こうか。独りごとを言って、やっぱり行くことに決定。
水際にきれいな道がついていて、下り気味に軽快に走る。一人、二人と雨にめげないriderとすれ違う。
小降りになって、止めずに良かったと思う。決めてしまえばもう迷わない。むしろ自分の勇気に自己満足。
道はきりが無いかと思うほど長かったが、やっと終点に到着。数人が写真を撮っていた。勿論私も、誰かに頼もう・・・、と思うや否や、すらりとした男性が「写して上げよう」と言ってきた。「Thank you!」とポーズ。
2・3枚撮ってもらったら、また激しい雨。(帰りは上り道、嫌だなあ)と思っていたら、胸のうちを見透かしたかのように、「車で送って上げようか?」と彼。Steve Althoffと名乗る彼、古いトラックに乗っていた。自転車を荷台に乗せ、とりあえず湖の入口まで送ってもらうことにする。
車に乗ると直ぐ会話が弾んだ。今日一日付いてない連続だったと訴えた。Minnewanka湖へ行き損ねた事も言った。そしたら「行きたいか?」と訊いてきたので、「Yes!」と答えた。これが事の始まりだった。
この頃から雨は本格的になりだした。湖の入口はとうに過ぎた。彼の車は一路Minnewannka湖へ向かう。途中でいくつもの湖で下車、写真を撮った。みんな地図に載っているview-pointだ。夕暮れ近く幾組かのcouple・groupが居た。今度は彼が「オーロラの見えるところへ案内しょう」と言った。今は季節じゃ無いから見えないけど、誰も知らない、取って置きの場所だ、と言う。私はだんだん不安になってきていた。(見知らぬ人に少し大胆すぎたかな?) でも悪そうな人には見えない。話の内容で、山を登り、rock-climbingが好き、野草や薬草に興味があり、星にも詳しい。まるで私より先に話すことがすべて私の趣味と一致する。オーロラの見える所も見てみたい。私は最悪の場合をどうしょうかと思いながら、行くことに決めた。今思うとやはり危険極まりないとは思うが・・・。車はどこかの炭鉱の近くへ着いた。殺風景な広場に夕風が吹いていた。周りには雑草が生い茂り、静まりかえっていた。しかし、いかにもオーロラが見えそうな場所にも思えた。
私は怖さを感じなかった。むしろこんな秘密の場所を知ったのに興奮していた。彼は得意そうだった。
また車に戻り、やっと最後の目的地Minnewanka湖へ到着。もう誰も居なかった。広い静かな水面が少し波立っていた。私は満足感に浸った。この湖を写すために残しておいた2枚のフィルムで1枚ずつお互いの写真を撮った。オーロラの場所では止んでいたのに、雨がまた降り出した。
YHに着きrestaurantに入り、お礼にsoupとパンをご馳走した。これでさよならするつもりだったが、あと一つhoodooを見てないがYHから近いので自分で行くと言ったら、また車に乗せて連れて行ってくれた。
そこでは、奇妙な石の像のようなものが立っていた。自然の風化で形どられた彫刻とでもいう感じの不思議な石だった。彼はIndian Familyのように見えると言った。なるほど、と思った。
その近くには様々なハーブが植生し、暗くなりかけた中で見つけては、これは匂いがいいとか、これは血止めの薬だとか、数種類の草を摘んで私に説明してくれた。
私は一度でも彼を疑ったことを申し訳なく思いつつ、再びYHに送ってもらい、別れ際にお礼の言葉が見つからないと言った。「あなたは本当にいい人ですね」と言い、握手を求めたら、突然抱きすくめられてしまった。
彼はしきりに私のことを魅力的だとか、可愛いとか褒めてくれたが、私の年齢は知らないままだった。私も今更60歳だとは言えず、唇の表面に彼の唇を受けるのみで、それ以上には進めなかった。彼の腕に力が入った時「I have to go!」と叫び、車から降りた。「日本にboy friendが居るのか?」と訊かれ、「Yes!」と嘘をついてしまった。内心はこのまま抱かれてもいいという気もちょっぴりあったのだが・・・。
握手をして、最後に彼は「みんなが自分のように良い人ばかりではないから、これからは気を付けなさい」と忠告してくれて、車で去って行った。


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カナダ一人旅ー3 一人旅レポート/BIGLOBEウェブリブログ
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