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zoom RSS アメリカ東海岸の旅−1

<<   作成日時 : 2008/05/13 23:07   >>

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 2006年6月21日(水)〜7月4日(火) 女三人の旅

アメリカ横断の一人旅を計画中、同行することになった彼女達の希望を入れたら、結局スケールを小さくして「アメリカ東海岸2週間の旅」となった。
日本でも一人ではレストランに入れない私としては、今度こそ旅慣れたお二人の力を借りて、従来のような貧しい旅ではなく、何度かは服装もそれなりにして、レストランで美味しい現地料理を賞味できるというのが一番の魅力だった。ところが、旅の初めに体調を崩してしまった私が出鼻を挫いたのか、彼女達のけちんぼ精神を俄然奮起させてしまい、ずうっと最後までスーパーで買物してはユースのキッチンで食事するという、今まで以上の貧乏旅行となってしまった。
今回のコースは、
ボストン2泊⇒ニューヨーク3泊⇒ランカスター1泊⇒フィラデルフィア1泊⇒ワシントンDC2泊⇒アムトラック車中1泊⇒シカゴ2泊
の全12泊であった。今までの自然志向とは大幅に異なり、一般的な大都会ばかりだったが、そこはやはり一味違う旅に仕上がった。


2006年6月21日(水) 晴れ 関空⇒ボストン・YH泊

関西空港13:00 ⇒12:10(現地時間)デトロイト空港13:40⇒15:30ボストン空港(シャトルバス)⇒Govenment Senter駅(地下鉄)⇒Hynes/ICA駅⇒YH 
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                           関西空港にて


関西空港13:00 ⇒12:10(現地時間)デトロイト空港13:40⇒15:30ボストン空港(シャトルバス)⇒Govenment Senter駅(地下鉄)⇒Hynes/ICA駅⇒YH

旅は始まった。
飛行約16時間半。機内は冷房が強く、私はどうやら風邪気味。お腹の調子も悪く下痢気味。先日の息子一家の風邪が潜伏期間を経て私に移ったのかもしれない・・・。旅の初めに限りなく不安がよぎる。
飛行場からYHまで、片言の英語を使っての地下鉄の乗り降りが試練第一歩。部屋に落ち着くまもなく、まだ明るい街へ夕食がてら散策に出た。YHは立地条件がよく、すぐ近くにブルデンシャルセンターやシンフォニーホールがあり、ボストン美術館も徒歩圏内。落ち着いた雰囲気で、3人ともたちまちボストンの街が気に入った。
しかし私は食欲もなく、YHに帰ったら用心のため持参していた風邪薬を飲み、倒れるように眠り込んだ。

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メアリー・ベイカーエデイー・ライブラリー?            ブルデンシャル・センター

                                          
2006年6月22日(木) 晴れ ボストン市内観光&YH泊

起床6:00⇒朝の散歩⇒YH朝食⇒(地下鉄)⇒ハーバード大学⇒(地下鉄)⇒ボストン美術館⇒徒歩にてYH

薬が効いて、まだ体がだるいものの、夕べよりかなりスッキリ。三人とも高齢者だから朝は早い。珍しく朝食付のユースで、時間が7時からなので取りあえず朝の散歩にでた。YHを出るとすぐ大きな公園があり、清々しい気分。「いい所だね」を連発しながらブラブラ。丁度7時に戻り、パンとコーヒーだけの朝食。「これだけ・・・?」しかし余分のパンとジャムをしっかり昼食用にキープ。
今日の予定はAさん主導でハーバード大学とボストン美術館。いきなり反対向きの電車に乗り「着かないね・・・?」親切な二人連れの若者がわざわざ付いてきて列車を乗り換えさせてくれた。
ハーバードの駅で降りて、不親切な案内所の対応に「いいや、勝手に歩こうよ」と構内をブラブラ。立派な建物が由緒有り気だが、夏休みのせいで学生が居ず、観光客ばかり。せめて教室でも見ておこうと勝手に建物に入っていったら、何か変な雰囲気。聞くとコンピューター制御館だとか。部外者立入禁止だった。
ボストン美術館に着いたのは丁度昼前。昼食は後回しにして先ずチケットを買う。売り場の人がAさんだけシニア割引を勧めた。エッ、2ドルも安いの?当然私もと思ったら、65歳以上だと。一瞬歳を偽ろうと思ったが、証明を見せろと言われたらやばいと思いとどまった。
どこもながら美術館は疲れる。どうでもいい絵までつい必死で見て回るのだ。かくしてお腹ペコペコでやっと館内のレストランで念願のクラムチャウダーにありついた。下痢気味の私にはとても美味しかった。
ユースへは歩いて帰った。ちょうどサッカーの日本対ブラジル戦の最中で、惨敗。他国の宿泊者が日本はおとなしすぎるといっていたそうな(Aさん談)。
夕方、明日のためにアムトラック(列車)のパスを購入し、ついでにダウンタウンをぶらついた。チャイナタウンへ行き、ペナング料理店に入った。肉・野菜など、独特の香辛料でとても美味しかった。うーん、こんな感じで先ずは滑り出し好調かな?

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  ハーバード大学構内            木立や建物の周りをリスが走り回る 
     
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ボストン美術館

2006年6月23日(金) 晴れのち雨 若草物語を訪ねて⇒NY・YH泊

起床5時⇒YH発⇒(地下鉄&Commuter Train)⇒Concord駅(9:00)⇒橋⇒Ohchard House(若草物語の次女の家)⇒Concord駅(12:08)⇒YH(14:00)⇒サウスステーション(15:15)⇒ニューヨーク(18:45)⇒YH(20:00着)

朝方4時ごろに入室者がいて、目を覚ましそのまま5時に起床。今日はニューヨークへの移動日だから、朝食は途中で取ることにして、すぐユースを出発した。地下鉄はもうかなり慣れたが、ボストン最後の日は若草物語のオーチャードハウスを訪ねる予定で、Commuter Trainという私鉄のようなものに乗る。先ずは地下鉄を乗り継いでNorth Stationまで行き、駅のマクドナルドで朝食を買い、電車を待つ。電車が入る直前までどのホームになるか分からないので、乗客は皆掲示板を見上げている。表示が出たらいっせいにホームになだれ込む。幸い席は余裕で取れ、一人で2座席ずつ使う。車窓はたちまち静かな郊外を展開しだした。いかにも田舎らしい素敵な駅に到着。やっぱり郊外はいいなぁ・・・。さっそく若草物語の世界へと歩き出したら、二人連れの日本女性に出会い、彼女達の薦めるビューポイントの「○○橋」へ寄り道した。ハウスへは丁度10時少し前に着き、入館料を7ドルも払わされた。古い家をざっと見渡すだけだと思っていたら、当時の生活ぶりをそのまま残した形で若草物語の世界を再現し、長々と説明を始めた。帰りの列車の時間に遅れそうで、途中で切り上げて駅に急いだ。間に合いそうに無いので、苦肉の策で手を上げてヒッチハイクをしたが、これが裏目に出て、駅とは違う場所で降りる羽目となり、更に歩くことになった。結局予定より1本後の便に乗り、ユースに戻った。コインロッカーに預けた荷物を持って再びアムトラックの駅へ向かうべくいつもの地下鉄駅に急いだら、長蛇の列が出来ていて切符が買えない。「どうしよう・・・」とにかく並ぶしかないと思ってたら、相棒のTさんが上手に切符を手に入れてくれた。「彼女こういう時には心強いのよ・・・」とはAさんの弁。結局ニューヨーク行きは更にずれ込んで、現地に着いたのは夜の8時を過ぎていた。ニューヨークは恐いところと相場が決まっているのに、暗くなってから着くなんて・・・。でもそこは3人の強み、何とか平気を保てた。

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      いかにも田舎、Concord駅   寄り道したビューポイント○○橋 
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                      若草物語のオーチャードハウス


2006年6月24日(土) 雨&曇り ニューヨーク観光・YH泊

起床6時⇒YH8時⇒セントラルパーク散策⇒9:30メトロポリタン美術館11:30⇒(タクシー)⇒エンパイヤーステートビル⇒(昼食)⇒タイムズスクエアー⇒ロックフェラーセンター⇒フリーマーケット⇒YH⇒買物⇒キッチンで食事

ニューヨーク初日は雨、そして歩きまくった1日だった。
ユースのすぐ側がセントラルパーク。その公園の中に世界三大美術館の一つメトロポリタン美術館がある。ボストン同様いい場所にユースがある。雨ながらさほどの降りでもなく、ぶらぶら公園に入ったら、やたらジョグする人が多い。よく見ると皆ゼッケンを付けている。??と思っているうちに時間になったらしく、マラソン集団が押し寄せてきた。それでやっとニューヨークマラソンだと気が付いた。昔私の仲間たちもこの大会に参加してたっけ・・・。なんかとても懐かしく、思わず自分も走り出しそうな衝動に駆られた。
美術館は公園の東側、南北では中央辺りにある。さすがに偉大でボストン美術館の比ではない。時間をいくらかけてもきりが無いので、2時間と決め、各自自由に観て回ろうということになった。日本の浮世絵も主なものはほとんどここに収録されている。中世の画家達も近代画家も皆一堂に網羅されている。私はあまり絵に詳しい方ではないが、そんな私でも見覚えのある有名な作が次々に並んでいる。退屈や疲れなど吹き飛んで、魅入られたように陳列の部屋を渡り歩いた。あっという間に2時間が過ぎて、我に返ったとたんどっと疲れを感じた。
次の目的地はエンパイヤーステートビル。あまり歩きたくないし、地下鉄駅まで少しあるので一度タクシーに乗ろうということになった。タクシーに乗ること自体、今回の旅の目的でもある。一人では恐いし、割高だし、その点3人はとても合理的。チップの払い方も慣れておかないとね。イエロータクシーを見つけて、「ヘイ、タクシー!」
NYで一番の超高層ビル、エンパイヤーステートビルは物々しい身体検査・持ち物検査を経て、86階の展望所へ向かう。ところが、雨と風のため展望所は閉鎖という。なら、チケットを買って上る意味がない、と直前で「止〜めた」そのままエレベーターで入口に戻り、正面のステンドグラスの前で写真をパチリ。
次に向かうはタイムズスクエアー。地図を見るとここというポイントがはっきりしない。人に聞いてもあいまいで、人によって違う説明。??結局タイムズスクエアーって、東西5thから7thAv.の間の42St近辺の範囲をいうのだろうか?.はっきりした標識もないまま、次のロックフェラーセンターへ向かった。ここは世界の国旗がズラリ並んで、ニューイヤーイヴのカウントダウンでも有名なのだそうだ。
黄金の彫刻像プロメテウスの前、アイススケートリンクが工事中でシートが敷き詰められて幻滅。
ここを過ぎたら、通りはフリーマーケットで賑わっていた。歩き疲れていた私達は紙コップいっぱいに詰め込まれたスイカ1.9ドルを買い、歩きながらパクついた。とても美味しかったのだが、これが私の下痢症状を一層深刻にしたようだった。
くたくたになりユースに戻ると、二人はたちまち一眠り。私は洗濯したりばたばたする内に下痢も手伝って体調がおかしくなってきた。夕方遅く、3人で夕食に入ったレストランで注文までしたのに、食欲を無くした私が辞退したために、結局二人も私に付き合ってキャンセル。ユースで簡単に済ませることになってしまった。

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      ニューヨークマラソン             セントラルパーク

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    公園の至る所に彫刻がある          メトロポリタン美術館

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    エンパイヤーステートビル           タイムズスクエアー 

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ロックフェラーセンター


2006年6月25日(日) 時々雨&曇り ニューヨーク観光・YH泊

起床8:30⇒YH9:15⇒(地下鉄・バス)⇒South Ferry⇒(船)⇒リバテイ島(自由の女神)⇒Elee島⇒マンハッタン⇒Wall街⇒9.11跡地⇒(二人と別行動)⇒YH⇒買物⇒キッチンで夕食

今日は自由の女神を見に行くので早く出発しようと言ってたのに、なんと朝起きると8:30だった。二人も眠っている。いつも早く目が覚めて困るくらいだったのに・・・。大慌てで支度して地下鉄にとび乗った。終点までと安心していたら、自由の女神観光と分かったらしく、聞きもしないのに日曜日は終点まで行かないから降りてバスに乗り換えろと親切に乗客が教えてくれた。ところが、South Ferryバス停からフェリー乗場がややこしかった。それでも何とか船に乗り、リバテイ島の女神像が次第に角度を変えながら近づくのを逐一写真に収めながら、わくわくしていた。島に降り、間近に像を仰ぎ見て、感慨ひとしお。今回の旅行でこれだけは見て帰ろうと思っていた。なんたってアメリカのシンボルなのだから・・・。一通り外側から眺め回して、さあ展望台へ上がろうとまた長い行列に並んだ。ここでも厳しいボデイチェックを受け、コインロッカーに荷物を預け、いざ入ろうと思ったら、「オレンジチケット、Please!」「???」よ〜く聞いてみると、予約制なのだ・・・。「えぇ?そんなの知らないよォ」そんなことどの本にもインターネットにも書いて無かったよォ!「Just 今、予約できないの?」返事は一言、「No!」 折りしもすごい雨。あーアッ、仕方ないねぇ・・・。結局、お土産の女神像グッズなどを見て、雨宿りして、帰りの船に乗った。「ま、いいさ、どうせ工事中で冠まで上れないんだから・・・。」負け惜しみっぽく言い放って、帰りはあっという間に着いた。すぐに建物に入り、行きの乗場と少し違うね・・・なんて言いながら、建物を出てバス停に戻ろうと思ったが、方角がよく分からない。様子が少し変。こんな時は聞くのが一番。「え、また船に乗れって?」どういうこと・・・?と思って、やっとAさんが納得した。「私ら別の島に来てるのよ。」な〜るほど、「サークルライン」というフェリーチケットの意味がこれなんだ。ここは、Ellee島といって、移住民が最初にたどり着いた島だった
かくして再び船に乗りやっとマンハッタンに戻った。ここからWall街は徒歩でもすぐ。「せっかくだから行こうよ」とまた歩き出した。あの有名なNY証券取引所や連邦準備銀行が建ち並ぶ金融オフィス街。世界の経済はここで動かされているんだぁ。平日なら目のあたりに活気溢れる現場を見学できるのだが・・・。次にあの世紀の悪夢、9.11事件の現場へ。工事が進み新しいNYの顔を作りつつあるが、まだ犠牲者達の名前を真剣に見入る人々がいた。
ここで、遅すぎる昼食だが、どこかレストランに入ろうと探し出したが、私はどうもお腹の具合が治らず、食欲も無かったので、二人には存分に美味しいものを食べてもらおうと、一人別れてユースへもどった。これ以上無理をするとほんとにおかしくなりそうだった。ユースに戻ると直ぐにベッドに眠り込んだ。3・4時間眠っただろうか、やっと二人が戻ってきた。なんとゲイのパレードに出会ったそうな。壮観だったとか。興奮気味の彼女達の話にも私の身体はまだ眠りたがっていた。少し落ち着いた後、夕飯を食べに行こうと誘われたが、まだ食欲がなく、あっさりしたものが欲しかったので、何かスーパーで買って済ませたかった。二人には好きなようにレストランで食べるよう勧めたが、結局私と同じになった。私は元気な彼女達に申し訳ない思いから、「どうして私に合わせるのよ?二人で好きなものを食べてきてよ!」と叫んでしまった。
キッチンで夕食後、やっと私は持参していた正露丸のことを思い出し、3粒飲んだ。すると翌朝からぴたりと下痢がおさまり、俄然食欲が出てきた。ところが皮肉にもこの日から、二人はついに最後まで外で食事をしようと言わなくなってしまった。ずうっと最後まで、スーパーで買ってキッチンで食べるという超質素な食事スタイルとなってしまったのだ。

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 リバテイ島行きサークルライン号       アメリカのシンボル・自由の女神    

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       Wall街・NY証券取引所 連邦準備銀行 

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         9.11事件現場


2006年6月26日(月) 雨 ニューヨーク⇒ランカスター・ホテル泊

起床5:00⇒YH8:00⇒9:00国連本部10:00⇒テイファニー⇒YH12:00⇒アムトラック・ペンステーション14:40⇒17:50ランカスター⇒18:30ホテル
今日は午前中国連本部を見学し、午後はランカスターへの移動日だ。今日も雨。ニューヨークにも梅雨があるのだろうか?同室のイギリスの若い3人組が朝方部屋に戻り、ガタガタさせるので目を覚まし、そのまま起きてしまった。
例によって国連本部は物々しい警戒振り。今回で身体検査を受けるのは何度目だろうか?館内ツアー12ドルはバカらしいと早々に出て、映画などで有名なテイファニーへ行った。場所が分かりにくかったが、行ってみると意外と小さな宝石店だった。ユースに戻りペンステーションへ余裕の時間で行ったつもりが予定の便に乗れなかった。ランカスターに着いたのは夕刻18:00頃で、ホテルに落ち着いた後、外へ出たが店は全部閉まっていた。聞くと、ここでは午後3時が閉店時間だそうだ。大都会からほんと田舎に来てしまった・・・。しかしここは今回の旅のメイン【アーミッシュ】の人達の住むところ。明日への楽しみで心ワクワク。
   
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国連本部の中


2006年6月27日(火) 雨時々晴れ アーミッシュ観光⇒フィラデルフィア・B&B泊

起床6:00⇒朝市買物・散歩⇒9:40(タクシー)⇒アーミッシュ見学・観光12:00⇒キルトセンター⇒ホテル⇒ランカスター発17:30⇒18:30フィラデルフィア(タクシー)⇒B&B⇒夜の散策⇒22:00B&B

今回の旅の「メインテーマ」といえるのがここランカスターの「アーミッシュ」。えっ?と思われるかも知れないが、ここは隠れたアメリカの顔「アーミッシュ」の人達が密かに、堂々と、自分達の生活スタイルを主張して生きている場所である。私も初めは何も知らなかった。同行のA・Tさんが興味を持っていたので、インターネットで調べるうちに、彼等の生き方にすごく共鳴し、訪ねるのが楽しみだった。情報が極端に少なかったが、特にAさんが熱心に調べてくれたお陰で、色々のことが解っていた。
翌朝、起きてまずマーケットの朝市へ行った、野菜、肉、パン、果物など新鮮で安く、お買い得だ。各自好きなパンを買い、ラデイッシュとセロリを買った。キルトや小物を出している店もあり、中にはアーミッシュの人も店を出していた。
ホテルからタクシーを頼み、一人30ドル計90ドルでアーミッシュの生活ぶりを観光がてら見学に出た。偶然、運転手はアーミッシュ出身だという、ラッキー!とは言え彼等の人権問題でもあり、容易には生活現場には入れない。しかし観光者向けの土産物店やキルトハウスなどでも時折現地のアーミッシュの人々を見かけることが出来る。私達もかわいい坊やを連れた若い父親を目撃したり、キルトハウスで縫い物をしているアーミッシュの女性を見かけた。しかし、運転手が内緒でアーミッシュの家を教えてくれ、横の畑で野良仕事をしている若い男女の写真を撮らせてくれたのは何よりも嬉しかった。

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アーミッシュの自家用車は馬車   電気もガスも使わない生活

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      コーン畑で働く女性 観光店のアーミッシュ人形

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      キルトセンター近くの公園      アムトラックのランカスター駅

時折激しい雨の中、約2時間の観光ドライブが終わり、ランカスター駅に着いたら天気は快晴になった。今まで順調に来たアムトラックだが、今日は1時間半遅れでフィラデルフィアへ向けて出発した。遅れて当前のアメリカの列車、やっぱりねぇ・・・。列車を待つ間に日本語ぺらぺらの外人に会った。聞くと、日本でイーオンの英語教師をしていたと言う。お陰で待ち時間が苦にならず楽しかった。


2006年6月28日(水)晴れ フィラデルフィア市内観光⇒ワシントンDC・YH泊

起床7:00⇒YH8:30⇒トロリーバス9:30⇒11:30観光終了⇒Reading Terminal バイキング昼食⇒13:30B&B⇒13:50アムトラック駅14:50⇒16:50ワシントンDC⇒18:30YH⇒23:00就寝 

フィラデルフィアは1682年、「自由・平等・博愛」の精神を掲げて初めて独立を宣言をしたアメリカ最古の歴史の町である。
昨日夕方、B&Bに着いてから、独立公園だけでも見ておこうと夜の街をぶらついたら、ダウンタウンは大方行きつくしてしまったので、今日はてっとり早く市内観光のバスを利用することにした。バスの2階がオープンカー式になって、高い目線で市内を巡回した。英語の説明は殆ど解らず、ひたすら地図と首っ引きで名所を確認した。午後2時ごろB&Bへ戻り、余ったジュースやヨーグルトなど残さずリュックへ入れてチェックアウト。それでも一人30ドルはユースより安い!そしてやはり予定より40分遅れで洪水騒ぎのワシントンDCへ移動した。どうなることやら・・・。

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インデイペンデンス国立歴史公園   フィラデルフィア美術館

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街の西側を走るスクーキル川 一番目に付くシテイホールの塔

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    リバテイベル(自由の鐘)    アムトラック・フィラデルフィア駅

ところが、ワシントンDCに着いたら「洪水、あったの?」というくらい跡形も無かった。良かった・・・!でも駅で、ついでに2日後のシカゴ行きの夜行座席を確保しておこうと、ものすごい行列の上やっと順番が来たら、すでに普通座席は満席。「えっ!」シカゴに行かなければ日本に帰れないよ。仕方なく高い個室をチャージ。3人1室で一人270ドルアップは超もったいない!もっと早く手配しておくべきだったと後悔しきり。

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アメリカ東海岸の旅−1 一人旅レポート/BIGLOBEウェブリブログ
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